30歳で突然離婚してニューヨークでホームレス生活が確定して体験した”鬱と地獄”

30歳で突然離婚してニューヨークでホームレス生活が確定して体験した”鬱と地獄”

公開日:2026年01月12日(月)



”これが鬱ってやつか…”

あれはニューヨークの元嫁から突然離婚を突きつけられて、日本に一時帰国中だった自分は見慣れた自分の部屋のベッドの中で布団を被って、目をつぶれば”先の見えない螺旋階段”をひたすら何時間も駆け上がって走る悪夢に2週間以上襲われていた。あの時は人生で一番キツい時間だった。

まずはじめに言いたいのが、この記事では自分みたいな波乱万丈タイプの人間だから鬱になると思われがちだけど、それは違う。なんなら鬱を”気持ちの問題”とすら思っていた。だけど、現実は全く違った。誰でも鬱になるスイッチを持っている。”鬱っぽいかも”と思ったこともある方がもしいるなら、自分の経験談は1つの鬱との付き合い方を見つける体験になるかも知れない。

鬱っぽいかも?って自覚した30歳のあの日

そもそも学生時代はイジメにあってたこともあって、メンタルはそこまで強くなかった。だけど、出会った人たちが良かったこともあり、元々持っていた明るい性格がメンタルの良さ話をうまくカバーしてくれていた。人間は弱い部分を見たくない生き物だからメンタルが強くするトレーニングなどをやってたわけでもなかった。そして、出会って1週間のニューヨーカーと結婚して、18歳の頃から大好きだったニューヨークに移住して、人生は最高だった。

だけど、30歳の時に突然の離婚。

人間は自分の中の大切なものがなくなると不安定になりやすい。それがコントロールできない他人なら尚更。だから、依存なんてしない方がいいというのはわかるけど、依存してしまうくらい素敵な人と大好きな場所に出会ったならしょうがないとも本心は思う。

元嫁は本当に素敵な人だった。誰よりも家族のことを愛して、日本に留学したことないのに日本語がネイティブ並みで、心も容姿もニューヨークの誰より美しかった。そして、彼女の家族は本当に暖かく、英語も全く話せない自分を温かく2年間も接してくれて、色々人として大切なことを教えてもらった。

ニューヨークは18歳の頃に初めて訪れて、エネルギー溢れるあの街が大好きになって、アルバイトしながら、ニューヨークに3ヶ月住んで、残りの8ヶ月でリボ払いを払う生活を25歳まで毎年やってたくらいニューヨークが大好きだった。

この2つの居場所が突然なくなってしまったことを理解した瞬間に鬱は顔を出した。そして、明るい僕は消えて、全てを失った僕は今にも死にたい気持ちとこれからどうやって生きていけばいいのか不安に襲われていた。そして、気付けば部屋から出ない日が続いていた。

見えない螺旋階段ともう1人の自分と出会う

部屋に引きこもって、布団の中で目をつぶって固まっていると、思想に変化が現れた。まず目を瞑ると先が見えない螺旋階段を登り続ける映像がひたすら流れ続けた。そして、走りながら「これからの人生どうするの?」「もう全部失ったけど生きる意味ある?」などネガティブな自分の声がずっと聞こえていた。もう生きる気力も無くなっていたし、誰か殺してくれとすら思った。

そんな日が数日続いて、もう体力的にも限界を迎える頃に”もう1人の自分”と出会った。よく多重人格者の人が今の現実を逃げるために別人格を作るというけど、その意味が少しわかる。こう書くと”スピリチュアルな人間”と思われるかもしれないけど、全然スピリチュアルなこと興味ない。当時の状況を打開するにはそうするしかなかった。あと自分は数年後にとある霊が見える人に守護霊を見てもらった時に彼と”もう1人の自分”が重なったから興味深かった。

この”もう1人の自分”は天才だった。当時の現状が地獄にいるどうしようもない人間なんだから、真逆の天才が生まれてもおかしくない。彼は冷静にニューヨークに戻ってからの話を頭の中でし始めた。「グリーンカードは離婚しても保持できるから滞在は問題ない。問題は住む家がないのと仕事と貯金がちょうど今ないという現実。どうやってニューヨークで生き残るよ?」と何度も話しかけてきた。

この答えを見つけるまでには1週間以上時間が必要だった。そんな間も母親は鬱息子を毎日愛してくれていた。

母親を30歳になっても心配させる息子

僕の母親は病院で長く働いている。病院では色々な人を目にすることが多く、数日まで明るく話してた患者さんが死んだり、精神的に壊れてしまった患者さんなど色々な人を見てきた。そんな母親はいつでも明るい息子が真逆の引きこもりになった姿は本当に心配をかけたと今振り返ると思う。

当時の母親の状況を説明すると一軒家に1人で住んでいて、寂しさを潰すように朝3時間ほどスーパーで仕事をして、夕方から夜まで病院で働いていた。「働いて色々学べる楽しさがたくさんあるけど、疲れるわ」とよく自分に言っていた。そんな母親は僕のことが大好きだったから、毎回一時帰国をするのを楽しみにしてくれてて、帰ったらはじめにハグをするし、一緒に2人で旅行もよく行っていた。ここまで母親に愛情表現できるようになったのはニューヨーカーの元嫁の家族と過ごした時間の影響が大きい。

そんな理想の息子が突然全てを失って、鬱で死にかけてる息子が目の間にいた。なんて声をかけていい変わらないし、本当にキツかったと思う。だけど、そんな状態でも引きこもった次の日の朝には「カフェで朝ごはんを食べよう」と朝の仕事を終えて帰宅する朝9時頃に部屋のドアを叩いていた。

人生で2回目の”本当に申し訳ない”と母親に思った瞬間

当時の自分は本当に部屋から出ることが嫌だった。理由ではわからないけど、全てが嫌だった。この布団の中の狭いスペースの中で目をつぶってる瞬間だけが、呼吸が出来てる感覚だった。そんな自分を見ても母親は怒ることはしず、「外の空気を吸って、美味しい紅茶でも飲んだら心も落ち着くからカフェに行こう」と何度も声をかけてくれた。

”本当に申し訳ない”

この気持ちを感じたのは2回目だ。24歳の頃、顔面骨折8か所して全身麻酔の大手術をしないといけないくらい大きな事故をして、救急車で病院に緊急入院した時もベッドの上で目を覚ましたら自分の手を握ってた母親が動いたのを察したのか「生きてて良かった」と聞こえるか聞こえないっくらいの声で自分の手を強く握ってきた。あの頃も母親の手の皺を見て、自分が思ってた以上に現実では母親が歳を取ってることに気づくと同時に”本当に申し訳ない”って思った。

そして、今回が2回目の”本当に申し訳ない”と感じた時だった。カフェに到着したら、トーストと紅茶のモーニングセットを2セット頼んで、田んぼが見える窓側の席が僕たちの”いつもの席”だった。席に着くとたわいもない話からニューヨーカーの元嫁の行動が理解できないと自分側に立ってくれながらも、彼女と彼女の家族から学んだことや過ごした時間は感謝しなさいと自分の母親らしい会話をしていた。

今思い返すとあの2週間は母親にとっても地獄だったと思う。どうにかして明るい自分に戻って欲しかったのが伝わっていた。だけど、同時の自分はどうこの現実を変えればいいのか答えは持っていなかった。

そんな状態のまま、ニューヨークに帰国する帰りの便の予定日が近づいていた。

母親の本当の愛が人生を止めなかった

帰国予定日の前日の夜ご飯は僕が母親の料理で一番好きだった”春巻き”だった。母親の春巻きは手が込んでいて、この春巻き以上に美味しい春巻きを食べたことがない。作るのに時間がかかることから、いつも「次の一時帰国の時に作るね」と言うのに作ってくれた。春巻きはいつもと同じでとても美味しいけど、明日の昼はニューヨークへ帰国する飛行機に乗って、家族もいないし、何をすればいいかわからない状態でニューヨークでホームレスをしないといけない現実が待っている。そんな現実が来るなら帰国するのをやめて、日本の実家で数ヶ月休みたいのが本音だった。

だけど、母親はそんな自分を許さなかった。

ごはんを食べ終わると「明日の朝は仕事休んで一緒に空港まで行って、見送るから」と言い始めた。母親の口から「空港まで送る」なんて初めて聞いた言葉だった。急すぎる提案に一瞬理解できなかったけど、そんな自分を無視して「明日は朝6時過ぎの電車には乗らないといけないから、朝5時には起きて、お風呂入れてあげるからお風呂入って、サッパリしてニューヨークに帰りなさい」と言った。

本当に自分のことが大切なら”鬱状態で家族もいない場所に送り込む”って答えになることが意味がわからなかった。黙り込んでたら母親は”おやすみね”と一言だけ言って、寝室に行ってしまった。もちろん、自分は一睡も出来ず、この夜も螺旋階段を登っていた。

母親に手を引かれて空港に連れてかれる

あの日の夜はあっという間だった。横の部屋からアラームが聞こえて、母親がベッドから起き上がる音が聞こえた。スマホの時刻を見ると朝5時近くなっていて、すぐにドアのノックと同時に「お風呂入れるから起きる準備しなさい」と母親の声がした。「僕は本当に居場所もないニューヨークに戻るんだな」と思いながら、ベッドから無理矢理体を起こして、入りたくもないお風呂に入った。だけど、母親の言う通りで朝イチの一番風呂は気持ちが少し楽になった。

お風呂から出ると母親が電車の時刻表を眺めながら、何時の電車に乗るのが一番効率がいいのか調べていた。スマホを使えば簡単に調べられるのに、時刻表と睨めっこしてるのが母親っぽい。そんな母親の姿を見て、スマホで空港まで行く時刻を調べたら、すぐに駅に向かわないといけないことがわかった。家から空港まで1時間半かかるんだけど、この間は特に話もしなかった。いや、現実がどんどん近いている状況に自分が押しつぶされて、話ができなかった。

僕はやっぱり現実を受け止めきれなかった。空港の最寄駅が近くなってきた時に「空港に到着したら、やっぱり日本にあと数週間滞在する」って言おう覚悟を決めていた。そして、空港に到着して、電車を降りて母親の顔を見て伝えようとしたら「はい!ニューヨークに帰りますよ」と手を引かれて、チェックインカウンターの方に連れてかれた。言われるがままカウンターに連れてかれたんだけど、この時も母親の手の皺を見て、涙が出そうになった。

情けない気持ちと現実を見たくない気持ちに振り回されながらも無事チェックインをして、1時間ほど自分だけ無言の朝ごはんを過ごして、入場ゲートの方に向かった。本当に帰りたくなかった。今でもあの時の気持ちは覚えている。だけど、それ以上にそんな自分を見て「はい!あなたなら大丈夫!私の子供なんだから!どんな試練にも乗り越えられるからニューヨークに戻って成長してきなさい!」と笑顔で自分に言葉をかけて、はじめて母さんからハグをしてきた。

もうニューヨークに戻るしか選択肢は自分の中にはなかった。覚悟を決めたなんてかっこいい言葉は言えない。帰るしか選択肢がなかった。そして、入場ゲートを抜けて、ニューヨーク行きの飛行機が止まってるゲートに向かった。

鬱っぽい感覚があるなら向き合おう

僕はニューヨーカーの元嫁に会うまでは「鬱は気持ちの問題」と本気で思っていたし、まさか自分が鬱になるなんて思ってなかった。だけど、メンタルが弱い人は鬱を持ってる可能性が高いし、日本では鬱を持ってることは最近は受け入れられるようになってきてるが10年前は鬱は今のような捉え方はされてなかったから自分が鬱ということを認めたくもなかった。

だけど、鬱と向き合って、一緒に生きるようになってからわかることがある。まさか自分がってタイミングで鬱は突然、顔を出してくる。特に自分のように自分にとって大切なものを失ったり、社会的に生きていくことが困難な状況に急におかれると人は鬱になる。

”鬱っぽいかも”のまずいポイントとしては、気持ちがマイナスの時に1人で選択する選択肢は大体悪い選択をしてしまうこと。よく人生崩壊してる人がいるけど、それはその人が悪いのではなく、その環境になれば誰もが彼らと同じ選択肢を取る。ストレスフルな環境で正しい選択肢を取れる人がほとんどいない。

鬱は治すものではない、向き合って、付き合う。どう付き合うかは人それぞれだけど、僕の場合は”医療大麻”が鬱を楽にしてくれた。大麻が鬱に効果があるかは「大麻はうつ病に効くのか?研究・体験・実例からわかる“事実”」の記事を参考にしてください。

また、自分がニューヨークに帰国して鬱が再発した時に医療大麻に救われた話は「ニューヨークでホームレスになった時、大麻が助けてくれた話(3-1)」で書いてますので、こちらも併せてお読みください。この記事が鬱っぽいかもと悩んでる人の参考になれば嬉しいです。


※この記事は2026/01/12に公開した情報になります。
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